恋と喧嘩はマイエラの華 5






 夢を見た。

 あの白く優しい冷たい手が、ゆっくり髪を梳いていた。それがとても心地よくて、エイトはまぶたを伏せる。その、伏せたまぶたの上に唇が下り、唇は辿るように頬から首へ落ちていく。
 そのままでいい。なにをされてもいい。
 そう思った心は伝わったのかわからない、夢の話だ。でもたしかにエイトは望んでいた、それだけは事実だったように思える。
 冷たい唇が唇に押し当てられ、隙間から舌が入り込む。唇の温度に反したそれは熱かった。咥内を舌で侵されながら、白く冷たい手は服の隙間から優しく肌を撫ぜる。身震いするようにかけあがったのは、嫌悪からではない。触れられるだけで身の毛もよだつほど、気持ちがいい。触れられた指先から痺れるような甘さが広がるような、そんな。
 この人なら、この手ならと、抱かれてもいいとエイトは思った。どうせ夢だと、それはわかっていた。まどろむような心地よさしか五感に働きかけない。むしろ五感のほとんどは封鎖され、脳がイメージしている出来事を感じ、そして触覚だけがいやに鋭く研ぎ澄まされていた。
 エイト、とそれは呼んだ。
 優しく紡がれる言の葉、睦むように指先が絡み掌があわさった。成すがままに身体を重ね合わせるのもいいだろう。ひどく熱く胸のうちからあふれでる感情は男のものなのか、それとも女のものなのか。快楽を素直に求め従順になってしまえと思うくせに、気持ちは受け身に抱かれたいと感じるのだ。誰とも知らない夢の相手なのに。

 そう思い、考えることは少しばかりのエイトの逃げ道になった。体裁として、一度でもそういうことを考えた、その名目だけでいいのだ。そうすると安心したように身体は快楽を求め始める。手に自らを導かせ、腰を振った。あふれだす声を抑えず、欲しいままもっととねだった。エイト、エイトと名前を呼ぶ夢の君が誰だかわからない。夢の君は夢の中に存在するイメージであればいい。快楽に一番素直に従い曝け出すエイトの作り出した夢の影。

 ああ、でも。

 どうして知っているなんて、思ってしまったのか。そうしたら、考えずに済んだはずなのに。

 ふと、目蓋を開ける。これは夢、夢に違いなく現実でない。目蓋を開けるのもイメージだ、本当はそこになどだれもいないのに。

 手だけがリアルに感じられた。それなのに今度は肌にたれ、くすぐるように辿る髪と息遣いを感じた。そこには。
 薄くはにかんだ顔でこちらを見下ろす、ククールと、目が合った。
「ククーッ……」

 知っているのは当たり前だ。エイトが交わった最初の相手はククールだった。ムリヤリ身体を開かされ、じわじわ身体を慣らされた。初めてなのに後ろでイケるなんてと、笑われる。痛いと嫌との言葉しか繰り返さないエイトから、ムリヤリ嬌声をひっぱりだしたくせに。乱暴な言葉とは裏腹に優しく手はエイトを煽った。性欲を晴らしたいならそれこそ乱暴に、道具のように扱えばいいのに、執拗にククールはエイトをなぶることだけに専念した。
 そうだ、そうだ、そうだ。
 思い出せば鮮明に、よみがえるあの出来事。夢はいつのまにか過去を再生するものとなり、色を変える。
 いや、やだ、やめてと繰り返す言葉をものともせずククールはエイトの身体中に手を這わしていく。探るように感じやすいところを探し、見つければ重点的に攻めあげた。
 いやだ?嘘つけ、こんなにしてるくせに。
 勃ち上がった中心を小さく爪弾き、声を誘う。ちろちろ尿道の先から筋を辿り、おりていく。根元を二本の指で挟み込まれ、睾丸ごともみしだかれた。だめ、やめて、いや。と、泣いて懇願したのに、ククールはやめたらつらいくせにと笑い、それを口に含んだ。生暖かい口の温度に翻弄される。ククールはわざと音をたててしゃぶりあげ、舌と唾液を絡めた。いやだと言う言葉を無視し快楽に従順に従っていった身体に、エイトは恨めしさと自己嫌悪でいっぱいだった。引き出される快楽、犯されていく身体。ペニスをなぶられる傍ら、後腔をなぞられる。感じたことのない、感覚に背中があわだつように震えた。妙な気分だった。初めは夢だったはずなのに、いつのまにか過去に戻り、回想している。

 「どうしてそんなに嫌がるんだ?」ククールは薄く細めた目でエイトを見下ろし、小さくつぶやいた。「夢の中のお前はこんなに素直なのに」

 それは目を見開くような驚きだった、夢の為せる技だとでも言うのか、仰向けに転がされいいようにされていたエイトはぽつんと立ちすくみ、少し離れたところで抱き合うククールとエイトを見ていた。ちらり、とククールと目が合ったけどそれは一瞬で、まるですべての興味はこちらにあるのだとでも言うようにその腕の下に組み敷くもう一人のエイトを優しく見つめた。エイトはククールの首に腕をまわし、官能的にキスをねだっていた。嘘だ、叫ぶように口を開けた。けれどエイトの口からはなにも音は成さず流れていった。代わりにもう一人のエイトがひっきりなしに言葉を紡いだ。まるでエイトの言葉や声をまるごと奪ったみたいに。
「ねぇ…」
 それは長い間高ぶった熱に曝されてきたような熱い要求だった。ただ少しばかりの呼び掛けのような言葉のくせに、熱を持つ。エイトは自ら自身を擦りつけ腰を振り、ククールを求めた。ククールはそれに応える。エイトは激しく傾ぐ心を必死に抑えた。あんな淫らなのは自分ではない、自分はあんなことしない。叫びたかった。けれどやはり声は出なかった。奪われたのだと、唐突に思い、エイトは頭をたれた。奪われた。

「奪った?人聞きの悪いことを言う」
 聞こえたのはたしかに自分の声だった。自分の声なのに誰かが発しているその声を聞く。何とも不思議な気分だった。
「欲しいものを欲しいと言ってるだけじゃないか。嘘つきのお前は、言えないだけで」
 そうしてエイトはエイトを笑い、再びククールに手を伸ばした。大きく足を開きあてがったククールをきつくのみこんでいく。エイトは悦びに声をあげながら激しく揺さ振られる。もっととねだる声、それにこたえるククールの。
「こうして欲しいんだって思ってたんだろ、ずっと、長いこと。後ろで銜え込んで、むちゃくちゃに犯されて、なぁ、」
 なぁ、と呼び掛けられ、瞬間客観的に見ていたそれが主観に変わる。組み敷かれ、ククールに突かれているのは自分だった。荒い息遣いと小さく泣くように洩らす声しかしなかった。顔にさわさわ擦れるククールの長い髪、ムリヤリ組み敷かれたはずなのに、求め合うように掌を重ねていた。小さく微かに唇が振れ、ときどき舌を吸われた。
 ククールならよかった。ククールなら構わなかった。
 幼い頃、陽に透けた銀の髪を見たとき、心が跳ねたのを覚えている。笑いかけても笑わず、話しかけても話さない彼はそうか、天使なのだと思ったときもあったけれど、そうではなかった。そのこがまるで本当の兄のように自分の世話をやくマルチェロの実弟だと聞いたのは随分あとだったけれど、たしかに人間なのだと知ったのは一度だけ、野菜を運ぶその不器用さ加減に見るに見兼ねて彼が手を差し伸べたのだ。
 うれしかった。
 このこは天使なのではなく、生身の人間だった。触れられる、言葉がある、遠く、隔たれた世界のものではない。

 繋がっている。

 ずっと、嫌われているのだと思っていた。こんなふうに触れ合う日がくるなんて、たとえムリヤリだって、予想もしなかった。ムリヤリ組み敷かれてるくせに思うがまま喘いで、求めた。欲しかった。別にいいと、むしろ一種の喜びさえ感じていたのに。

「あいつもこんなふうに?」

 喉の奥からこみあげたのは、払拭しようのない涙をこらえるための熱だった。あとからあとから涙は溢れ、嗚咽はやまない。
 ククールの表情は涙に霞み、うかがうことはできなかった。エイトは押し上げ激流にのみこまれていく感情の波に翻弄され、他人をうかがう余裕がない。首を振り、いやだ、はなせ、でてけと繰り返す。嗚咽にわめく言葉なんてほとんど聞き取れやしないだろうに、それでも真意は伝わるのだ、肌越しに。唇を噛み、噛み締める歯に力がこもるような気配を感じたけれど、エイトはそんなものは無視した。許せなかった。それだけだ。
 完全にエイトはククールを否定し、拒絶する。けれどそれを許さないククールはムリヤリ押さえ込んでエイトを犯した。エイトはそれをのぞまない、ククールはまるでそんなエイトを罰するように揺さぶるのだ。合わさった唇は噛み付かれ、心は遠く、離された。そこでエイトの記憶は途切れる。

 次に気が付いたのは、見慣れぬ部屋の、寝所だった。涙を溢れさせ拒絶することしかしできなかったあの後のことは、霞みがかったようにとりとめなくあやふやで覚えていない。

 覚えていない。

 今どうして、あの人の兄とこのような関係になっているのかも、覚えていない。

 覚えていないほどに自然にそうなったのか、はたまた覚えるほどのことではないと打ち棄てたのか。ハハ、と乾いた笑いを洩らす口は、その真意をしっているのか。
 とける夢から目覚めるように意識を取り戻したとき、エイトはとなりに眠る男を確認した。そうだ、いつも思っている。この人に抱かれるときはいつも。

 小さく吸うように眠るこの人の唇に触れた。神経質なこの人はそれだけで目覚めるだろう、となりに誰かを眠らせることだって、本意ではないくせに、いつも特別に優しくする。
「…なんだ、欲しくなったのか?」
「ん…」
 唇がふれあい、それが耳にうつりながら首筋を辿る。一緒だった。そしてそれが合図だった。エイトはただ、まぶたを閉じる。

 あてつけでそしてこれは報復だった。けれどエイトはそれに対して因果に応じなければならない。どんなに優しく触れられても、激しく執拗に攻められても、あの時ほど心を揺らすものはない。唇がふれ、愛の言葉を聞くたびに(もっともその言葉なんて数えるほどしか聞かないけれど)、胸はちくりと痛んだ。けれどエイトは知っている。この人が昔から特別エイトに優しかったその真意を。そしてそれがいつのまにか昇華し、本当に慈しむようなものとかわったことも。
 けれどけれどとエイトは思う。それがただ自己を正当化し、逃げ道を作っているだけだとわかっていても。この人もまた、エイトを利用したにすぎないから、だから罪悪感を抱くことなどないのだと。身体を開き、すべて受け入れるように傍にいて、笑い続ける。心を開いてるようででも、最奥は誰にも踏み込ませない。

 たとえ、だれだって。






 



2万ヒットありがとう記念リク第11弾。
「マイエラシリーズでマル主かクク主の小説」ということで、どっちもいれちまいました!ていうかエロ、エロにしましたよ!
というか私は妙なとこ恥ずかしがりやだから自らエロを書こうとはあまりしないのでむしろリクはありがたいです。
エロリクガンガンしてくださいね!(なんだお前)

つか、遅くなりましてどうもすみませんでした!

2005/5/27 ナミコ
2005/9/25 加筆修正