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 偽りと美辞麗句を並べ立てて華やかに生きれば、寂しさはやってこないと知っている。外は日暮れ、夕日が落ちると世界は闇に支配されるから、聖職者はろうそくに灯火をつけて静かに祈り、またくる朝を望んで扉を閉める。おかげで夜でも明るいが、日が暮れてしまうと迷信ぶかいもの達は一切顔を見せないせいで、街でも村でもいっそうと人少なになってしまう。この地方はの人たちには、修道院の慣習が古くから染み付いている。神に近く育ってきたせいだろうか、皆信心深い。けれど、どうしたってそのように信心深くもなりきれない人や家は、いくつかあるものだ。いい例をあげれば、昔ここを治めていた領主は、信心深いものの中から外れていた。閉鎖的な民家の群落に、道具屋を作り、宿屋を納め、そして娯楽にと酒場を作った。街が穢れてく、と誰かが言った。けれどおかげで街は少なからずとも活気を与えられて、今もささやかに賑わっている。いいことだ・と心からそう思う。こんな、神にしか祈ることのないような場所で生きていくには、あまりに気が滅入ってしまう・と常々思っているから。

 ふいにつらつらと進んでいった思考に、口端を上げてククールは笑った。物思いにふけることはよくあった、軟派で軽い外見に軽んじられるけれど、それ以上にけれど彼は頭は良かったのだから。

 誰もが扉を閉じて夜の穢れから身を潜める頃、ククールは聖なる場所から抜け出して、夜の穢れに身を染める。それは聖者としてあるまじき姿ではあったけれど、人としてはあるべき姿だととは思っていた。彼は、常に自分を騎士だとは思っていたけれど、聖騎士だとは思っていなかった。人に近くありたかった、そして守るだれかを探していた。



 古い慣習の染み付く街で、旅人はよそものと呼ばれて居心地の悪い思いをいくばくか抱え、この酒場で溜め息をつくのさ。落ち着ける場所は人と時代を受け入れてきた流れを知っているところぐらいだろうから。そしてそんなところに入り浸る地元の人間は、結局のところ閉鎖的になりきれていない愚か者達ばかりなんだ。
 警戒心の強い街人をイカサマでつるしあげるよかは、顔も知らない見ず知らずの自信過剰を相手にするだけで充分だ・と唾を吐き捨てるような感覚で毎日を過ごしていた。こんな言葉、まさか本当に吐く日が来るとも思わず、けれどそれはまがりなりにもひとつのきっかけだった。後にも先にも、今にして思っても・だ。

 するりと指から抜いた指輪を彼女に渡して、彼女が指輪を返してきて、ふたりは恋に落ち、旅する彼女を守る騎士になるのさ。実に単純明快で打算的な思惑だった。愛する人に命を捧げ、ここを出て行く。大層な大義名分で、それは心にある恩義に対するせめてもの忠誠と償いのような言い訳だった。命を賭して、恩義に報いようとするのが本当のところのあるべき姿だろうけど、でも。痛々しさに逃げ出して、しまいたいと。思って。






 こんな奴ら知らない。指輪・盗まれてしまって、困っていたんですよ。
 するする口をついて出る嘘八百。あーあ、これで彼女の騎士になることも遠のいてしまった。仕方がない、愛だ恋だと喚いていても、それは心奪われるものではなく常にこちらから奪い取るものだった。いいや、向こうからこちらに差し出してくれるものだった。
 もうこの子から、心を差し出してもらうことはきっとないだろうけど。また、次の誰かを待てばいいのさ。ああでも、後味が悪いからせめてこっそり逃がしてあげるくらいはしよう・と。そう思って、ククールはじめじめした陰気な地下を、後にした。

 何食わぬ顔で階段をあがり、ひそひそ言葉をかわす僧侶達のツラを一瞥しながら自室へ入り込んだ。陰気で、居心地の悪い。それは地下となんら変わりない。どこへいっても、この、修道院である・という限りは。ああでも・と。この川を隔てた橋の向こう、あの人のいるところは、そうでもない。
 ひとり部屋でよかった・と思う。なにをしても誰も口を出さない、気が、すごく楽だ。誰も、気になどかけてくれないのだから。






2006/6/14 ナミコ