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「あの銀髪軟派野郎!!」

 ガシャン・と無機質な冷たい音が罵声と一緒に響いた。狭く、けれど単純な作りの牢獄は、小さな呟きでも必要以上に大きく聞こえてしまう。文句と罵りを繰り返し口に出していたヤンガスとゼシカはそのたびに見張りの団員を呼び寄せていたけれど、繰り返し止まることのないそれに、とうとう諦めてしまったのか、どんなに騒いでももう誰も来なかった。

「嬢ちゃんはしたねぇえでガスな」
「だって!!!」

 また、ガシャン・と鉄格子を蹴り上げて、ゼシカは忌々しげに眉を寄せた。一見普通の鉄格子に見えるのに、魔法がかけてあるのかそれはひどく頑丈だった。力には自信があるエイトとヤンガスがいくら力を入れてもビクともしなかったし、メラを唱えて鉄格子を溶かしてしまおうかとゼシカは試したが、呪文は発動すらしなかった。結局、正攻法で開けるしかここから出る手立てはないのだと、答えは頭に巡ったが、それでおとなしく腰を落ち着けたのはエイトだけで、気持ちは落ち着かないと・ゼシカはあの通りだし、そんなゼシカを放っては置けないヤンガスはそれに付き合ってそわそわしていた。

「エイト!あんたも落ちついてないで、少しはどうにかしてよ!!」
「そんなこと言われても……手の出しようがないし」

 大体こういう牢獄は力任せで抜け出す輩も多いから、そうならないよう保護されているんだ・と説明してやれば、「じゃあどうすればいいのよ」と堂々巡りの返事が返ってきた。
 さすがにどうしようもない・とは言えなかったけど。

「あー、もうっ!!やっぱあんな指輪律儀に返しにくるんじゃなかったのよ!!」

 そんな指輪貰っちゃダメ・と。ちゃんと返すのよ・と。言ったのはだれだったっけ・とエイトは苦笑した。こんな状況で、よくもまあ落ち着いていられると思うけれど、冷静にならなくてはいけないのだと思っていた。いざとなれば牢獄から出た瞬間、強行突破するくらいの覚悟は持っている。こんなところで足止めを食らうのももどかしい、自分はどうなったとしても、せめて他のふたりや、王は。

「すまんのう。わしが来なければのう」
 ぽつり・と。エイトの隣で静かに座っていたトロデが口を開いた。いつもの王であるからゆえのいつもの振る舞いはそこにはなく、ただ申し訳なさそうに項垂れる。ゼシカもヤンガスも、別にトロデを責めているわけではないのだが、トロデにしてみれば自分が入っていったからこそ状況は悪化した・という結果が良心に呵責を与えている。こんなふうに謝るトロデを、恐らくゼシカとヤンガスは、はじめてみた。

「王、貴方のせいではありません。恐らく―――あの人は狡猾な人だろうから、どうあってもここに入れられる結果となっていたはずです」
 どうあっても、経過がどうであろうと。
「それにね、だいじょうぶだと思います。心配しなくても」

 にこりと笑って鉄格子の外を伺う。見張りのものが呆れるほどに騒いでいたって、どうしようもないと諦められていても、ちらちらと遠くからこちらをたしなめに覗いていたそれが、ぱたりと来ない。なにかあったな・と思う心のどこかでやっぱり・という気持ちもある。
 少なくとも、あのとき指輪を渡したあの男は、酒場からエイトとゼシカを連れ出して行くほどにはお人よしなんだと感じたから。

 カシャン・と小さく鉄格子に触れて、男は・いたずらに笑った。






2006/6/14 ナミコ