スタンドバイミーを手に 3






「すごく…、大きくなったのね」
 オレを見たゼシカさんは、最初は驚き―――次に瞼に涙をため、そして優しく笑いかけてくれた。おいで、と呼ばれたゼシカさんの家で、お茶をとクッキーをご馳走になった。
 昔、オレが生まれる少し前。母さんと一緒に旅をしていた人。長い艶やかな赤毛をたらして、意思の強そうな目をしている人が、時折涙を滲ませる。

 だから聞きたいことがあったはずなのに聞けなくて。…母さんのことを聞きたいはずのゼシカさんはオレのことばかり聞いて、父さんのことを聞きたかったはずのオレは、自分のことばかり話してしまった。

「また気兼ねなく来て頂戴」
 と、見送ってくれたゼシカさんを、今日もまた、尋ねて行こうと思う。












 ルーラを使ってあっという間にたどり着いたリーザス村の、ゼシカさんの家のドアの前でノックしかけた手が止まった。
 誰かと言い争うような声が聞こえて、オレはそっと窓から様子を伺った。

「なぁんでもっとエイトのことを聞いておかなかったんでゲス!」
「だってしょうがないじゃない! 聞きたかったけど、あの時は胸が一杯で…」

 消え入りそうなゼシカさんの声に、怒鳴っていた男がバツが悪そうに俯いた。
「いや、すまねぇ。 アッシも嬢ちゃんの気持ちは分からなくねぇでがすが…。嬢ちゃんもアッシも、血眼になって探してそれでも見つからなかったエイトの…しかも子供が来たなんて聞いたら」

 ああ、あの人も母さんと一緒に旅をしていた人なのか。まじまじと窓から男を見る。トゲトゲの帽子―――たぷたぷのおなか―――三角のつりあがった目付きの悪い三白眼―――「なぁに覗き見してやがる!」
「わぁ!」

 バン!と見た目とは裏腹に素早くドアを開けてやってきた男にオレは首根っこつかまれて持ち上げられてしまった。
「人の家覗いて盗み聞きするたぁ躾のなってねぇガキだ」
「ちょ、ちょっと、ヤンガス!」
「嬢ちゃんは黙ってくんなあ! さーあ、お前の家はどこでゲス? たっぷりお灸据えてやる!」
「…家は森の奥だけどぉ………まさかとは思うけどゼシカさん、オレの父親ってこのオッサンじゃあないよね?」
 パチクリ目を見開くヤンガスという男の隙を見て、オレはつかまれた腕から逃げ出した。この野郎!と追いかける巨体をちょこまか逃げ回ってすり抜ける。

「ちょっと、ヤンガス!私の家で暴れないで!!」
 誰よりも大きく響いた声に、ピタリと動きを止めたのはオレだけでなく、ヤンガスもだった。にっこり笑ったゼシカさんの手にグリンガムの鞭が握られていて、手に汗にぎるっていうのはこういうことなのかと納得した。

「えーと…ごめんなさい、ゼシカさん」
 ぺこりと頭を下げると、ゼシカさんはあっけないほどたやすく許してくれた。残ったヤンガスもまたバツが悪そうに謝った。

「で、父親どうのってどーいうことでがすか?」
「やぁねヤンガスったら、鈍いのね。 この子がエイトの子供よ!」
「なっにいいいい!?」


 元からの三白眼はさらに開かれて黒目は消えてしまうんじゃないかと思った。思っただけだったけど。
「あ」
 くだらないことを考えている間に、ヤンガスの頭は走馬灯のように思い出が駆けめぐったらしい。じわり、と滲んだ涙があっという間に流れてぼたぼたと音を立てた。それを見たゼシカさんも涙を滲ませた。
「二人とも、泣かないで…」
 なにを言っていいのやら、やっとのことで搾り出した言葉は頼りない尻切れトンボだ。頼りない言葉は力なく、二人の涙を止める力なんて持っていなかった。






2017/7/22 ナミコ