この素晴らしき世界にビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!






 3時間後、を起こすと、彼女はすこし恥ずかしそうな顔をしていた。
 目を覚ましたばかりで、まだ眠気の抜けきっていないに熱い紅茶を持たせ、それを彼女が飲み干した事を確認すると、添削作業の途中である答案をファイルにしまい、本棚の中へおさめた。
「それを飲んだら部屋へ帰れ。夕食まであと何時間もない」

「明日も、眠りに来ていいですか」
 我輩はどう答えていいのかわからず、曖昧に答えた。
「ここでだと、なんとなく眠れそうな気がするんです……次は、薬もなしで」
「……よく、薬が入っているとわかったな」
 は肩をすくめる。
「実は、自分で作ってみた眠り薬を飲んでみたことがあるんです。そのときも同じような感じで眠くなったから」

「あきれたものだ……経験のないものが作った薬品を飲むなど、普通の人間にはには怖くて出来ないはずだが」 
「友達に、夕食前にかならず起こしてくれって頼んだんです。起きなかったらマダムを呼んでくれって」
 彼女はくすくすと笑った。
「幸い、ちゃんと起きることが出来ました。でも、いままで少しは夜中に眠れてたのに、それ以来ぜんぜん眠ることが出来なくなってしまって……」
「馬鹿なことをしたな。中途半端なものを飲むからそのようなことになるのだ」

 はいつもの、まっすぐな目で我輩を見る。
「でも、眠れないことよりも自分が異常だって気づくほうが嫌ってことは、本当ですよ」
「誰も、嘘だとは思っていない」
 はしばらく黙って紅茶を飲んでいた。
 そして何かを急に思い出したかのように言った。
「このあいだ読み終わった小説にですね、先生みたいな登場人物がいましたよ」
「そうか」
 なるべくが会話を楽しまないように、そっけなく返答する。あいにく我輩は人を不機嫌にさせることが得意なのだ。
「でも、その前に読んだ本にも、先生みたいな登場人物が出てきました。どうしてでしょうね」
「……さあな、我輩にはまったく理解できない。目が覚めたのならさっさと部屋へ帰れ」
 温かい飲み物。ソファ。ここ最近の習慣のせいで、深夜の談話室で会話しているような錯覚に陥る。
「その二人のキャラクター同士は全然違うのに、少しずつ先生に似てるんです」
 相変わらず彼女は、我輩が聞いているかいないかなどまったく気にもしないでしゃべりつづける。
「たぶん、私が先生のことが好きだから、いつも先生の事を考えてて、無意識に重ね合わせちゃうんでしょうね」
 
 よく言葉の意味を理解できずに黙りこんでいた我輩を残して、彼女は部屋から出て行った。

 





 その日の夜、我輩は奇妙な夢を見た。
 夢の中はとても気持ちよく晴れていた、めずらしく小人も金魚もライト兄弟も空を飛んでいない。我輩は裏庭で栽培している薬草に付いているであろう害虫を駆除するために、虫を殺す薬品を持って校庭を横切っている時だった。

 ところが衣服がどうも重い。正しいウールの重さではない。ローブの裾はずるずるとひきずられ、芝生をなぎ倒していった。歩みを進めれば進めるほどに重くなっていくローブをひきずりながら歩いていると、遠くに生徒の大群を目にした。どうやら次の授業は屋外で行われるらしい。マクゴナガル女史が引率していた。
 しかし不思議なことに皆がそれぞれ傘をさしている。日が照っているのに、雨など降ってはいないのに、と頭の中で疑問符が点灯する。その生徒の群の中からがこちらを見ていた、白い傘を持って。

 彼女は我輩が生まれたころに流行っていたツィッギーのようなローウエストのミニスカートを履いていて、黒いローブをひきずって歩いている他の学生達の中では、彼女のむきだしの足はすばらしく目立っていた。
 目の周りは黒く縁取られている。まばたきするたびに、大げさな付けまつげが羽ばたくように揺れた。まるで60年代のピンナップからぬけて出てきたようないでたちだ。

 60年代。それは我輩が生まれたころ。そして教会の裏に住んでいた彼が「もっとも楽しかった」と言っていた時代。ボブディランとジャニスジョップリンが静かに歌っていた時代。
 我輩が彼に会ったときにはもう70年代も後半で、80年代に入ろうとしていたときだった。新しい音楽が流行り始めても、彼は家(ダンボール、雨の日は悲惨)の中で古いレコードを聞いていた。
「昔は良かった」が彼の口癖だった。

 我輩の昔とはたぶん80年代。
 我輩はまだ10代で、イギリスがもっともファッションの面でも音楽の前衛的で、活気に満ちている時代だった。ボーイジョージが自分に一番に会うスタイルを確立し、デビットボウイは何回も着替えた。
 しかし我輩は、「昔は良かった」などとは言えない。我輩にいい時代などなかった。
 昔を忘れられなかった彼。オジーオズボーンまでもがMTVのアイドルになってしまった今。彼らはなんと言うだろう。
  

 地獄からやってきたKISSという4人がまだ若者だった時代を夢想していると、突然マクゴナガル女史は突如群から外れ、我輩のほうへ向かってきた。
 は真っ白い傘を差して、まだこちらを見続けている。サイケな柄のワンピースを着て、遠くから。
「スネイプ教授、傘をささずにどちらへお出かけですか」暗い低い声でマクゴナガルは言った。
「こんなに日が照っているのに、どういうおつもりですか、肺炎にかかって死んでしまいますよ」
 マクゴナガルがしゃべり続けているというのに、我輩はそちらを見もしないで歩きつづけた。我輩は必要以上に急いていた。早く行かなければ虫が貴重な薬草が虫に食われてしまう。花弁にしみがついてしまう。
 なおもついて来るマクゴナガルに溜め息をつく。
「日が照っているのに肺炎にかかるとは、どういう意味でおっしゃっているのか、我輩には理解しかねますな」
「スネイプ教授」
 我輩は自分の目を疑う(やれやれ、最近の我輩の目は本当に信用がならない。ただ単純に、直面している事実を認めたくないだけなのかもしれないが。いや、事実ではない。これは夢の中の話なのだ。だから、すべてのことが起こりうる)。

 マクゴナガルはいつのまにかに姿を変えていた。”姿を変えていた”というよりは”すりかわった”と表現するほうが正しいかもしれない。
 はマクゴナガルの意志を引き継いだようで、いっそう悲惨めいた声色で訴えた。
「こんなにも外には日が差しているのに」
「失礼、我輩は少しばかり急いでいる。魔法薬の精製に使う花が開いたので、早急に摘んでしまわないと、花が閉じてしまうので」
 我輩は少しでも彼女との距離を広げようと、足を急がせる。
 しかし、いくら地面をけっても、いっこうに前にすすまないようである。ローブは水を吸ったように重くなり、植物が根を張るように地面にくっついてしまったようだ。
 は真っ白い傘を放り捨てる。水にぬれたように彼女の髪が額に張り付いた。
「ほら、雨が降っている」
 の声を聞き、ようやく「ああ、そうか。雨が降っているのか」と理解すると。ローブはとたんに軽くなり、もう薬草畑のすぐ近くまで来ていた。夢の中という世界は、本当に何でもありなのだ。

 白い花が一輪咲いている。それを見て、彼女は静かな声で言った。
「月下美人ですね」
「……なんだって?」
 サボテン科、中南米産の月下美人の花は夏の夜に咲く。
「このような昼間に咲くわけがない……」
 しかし、は薬草の茂っている区画を指差す。
 彼女の指先には冴えた緑色のマニキュアを施してあった。プラスチックのようにつるりとした爪の質感は、まるで作り物のビニールの人形のようだ。丁寧に手入れされた人工的に作られた質感に、なんだか落ち着かない気分になった。
 の爪から目をそらし花壇を見ると、たしかに月下美人の花は咲いている。白いラッパ形の花弁は優雅に日の光を受けていた。
 花に手を伸ばす、そこで目がさめた。


 、60年代、肺炎、昼間に咲く月下美人、それを摘む。
 夢というものは、睡眠中に脳が記憶を整理している最中に断片的に見える映像だから、特に意味は無いという説がある。
 しかし、精神分析の面ではセラピストが夢分析を治療に使うように、夢は抑圧された願望などが夢という形で表現されるのだと理解する場合もある。

 いったいこれは何のメタファーなのか、我輩にはわからない。
 だが我輩は、彼女が群から抜け出てこちらへ向かってくる事を予想していたような気がする。
 それは、彼女が静かで快適な部屋から抜け出して、暗い薬品が染み付いているソファを選んだことと何か関係があるのだろうか。あるいは彼女は眠くて移動することが面倒だっただけかもしれない。
 しかし、我輩がそのまま眠らせてしまったこととは何か関係があるのだろうか。



















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またドリの内容見まったく関係ないあとがきですよ。
それでいいのか。
しかし私はあとがきを書くことが好きだ。
それでいいんだ。

タイトルはルイアームストロングだ。
ちなみに映画は見ていない。


2004/10/21  トラ