goodbye yellow brick road 1 初夏の熱くなり始めた日差しの中で彼女は、はこの学校を通過していった。 毎年の事である。残暑ののこる日のなかで大量に新しい生徒達(ほとんどは自分を過信している馬鹿者)が学校へ所属するように、夏の初めには大量の生徒がいなくなっていく。あたりまえの、毎年のかわらない事柄だ。 夏学期が終わり、生徒達がみな離れた閑散としたホグワーツの中で、最期のいろいろな細かい片付けをしていたスネイプはちいさく溜め息をついた。 そう、毎年の事だ。 なにかが出て行けばなにかが入ってくるし、なにかかが入ってくるためには何かが出て行かなくてはならない。 すべてには始まりがあり、終わりがある。人々の関係もまた同じことだ。 雑務を終えたらひさしぶりに旅行にでも行こうか、とスネイプは思った。つぎの生徒達への準備まではまだしばらくある。 たまには仕事から離れることもいいだろうな。 しかしスネイプはそんな思考の中から現実に引き戻される。窓ガラスがなにか硬いものでつつかれているような音がしたのだ。 スネイプはふりかえり、窓から差し込む月明かりをさえぎる分厚いカーテンを開けた。 その窓の外にはとても見覚えのあるフクロウが手紙をくわえ、機嫌の悪そうな目でこちらを見ていた。 窓を開けるとまるで自分の巣に入るように部屋の主には一瞥もくれず、テーブルに手紙を落とし、彼女のよくいた位置に落ち着いた。 彼女のことを思っていたときに、彼女からの手紙が届いた。 なかなかの偶然だとスネイプは思ったが、ここ最近頭の中で考える事はもっぱら彼女のことだったな、と思い出しスネイプは自嘲する。 まったく、卒業してからも面倒な、我輩の脳の半分を占領する生徒だ。 羊皮紙を開くと懐かしい彼女の字がそこに並んでいた。 今期の卒業生、。本当に、手間のかかる生徒であった。 スネイプは頭の中の自分の予定表を思い出す、彼女の出したスケジュールは何の問題もないし、とくに断る理由もない。 久しぶりにマグルの社会ですごすことになりそうだ。 いつまでも返事を書き始める気配のないスネイプの様子に、のフクロウは彼をつつきだした。 せっかちなところもよく彼女と似ている。スネイプは一人で含み笑った。 そして馬鹿にされたと思い込んだフクロウから、さらに爪とくちばしをあまんじて受けた。 それから数日後、久しぶりに乗る魔法的でない地域を走る魔法的でない列車の振動にすこし疲れたようだ。 駅のキオスクで購入した瓶入りの水分を飲み下す。 と待ち合わせている、現在、彼女の居住地の最寄駅であるなかなかに大きな駅はたくさんの魔法的でない人間で込み合っていた。 人ごみの中から我輩を見つけ出した彼女は嬉しそうな顔で近寄り、スネイプの前で足を止めた。 「先生・・・・・おひさしぶりですね」 急に大人びて見えるとの、二人のあいだにはすこし距離がある。手を伸ばしてもとどきそうになく見える。 そんな距離でと止まったのが彼女なら、その距離を縮めたのも彼女だった。 とめた足を踏み出し我輩の腕に触れる。控えめな背伸びで肩までその手すべらせ首の素肌にさわり彼女は言った。 「あいかわらず 顔色悪い」 「・・・・・ひさしぶりに再開した恩師に君は・・・なかなかすばらしい作法をお持ちのようだ」 うんざりとスネイプはいった。「君もあまり変わっていないな」 「そうですか?」 「ああ、あいかわらずだ」 蒸し暑い駅にはあいかわらず人があふれていた。誰も我輩達の事など目に止めようともしない、 ただの久しぶりに再開した者どうしにでも見えるのだろうか、しかしそこまで想像するような暇な人間もすくないだろうな。 あのころ、我々には卒業という言葉が重くのしかかっていた。は「これで誰にも隠れずにすむ」と言葉だけではポジティブにしていたようだが、二人ともわかっていた。だからあの日々は惜しいと思えば思うほど早く経過して、文字通り手のひらからこぼれる水のように流れていった。 地面に流れ落ちた水はもうすくうことができない。十分に理解していた。あたりまえのことだ。 にはしつこく自分を誉めろと要求してきた時期があった。たしか最終学年になってから最初の進路相談講習があった晩からだったと思う。 今思うと「若い学生」という特権以外にも自分には魅力があると自信を持ちたかったんだろう。 卒業しても生徒ではなくなっても、自分に興味をもってくれているだろうか。 そんなことはないのに、君は君であるというだけで魅力にあふれているのに。不安になるべきなのは我輩だったというのに。 彼女にとって我輩の魅力というものは教師であるということが、すべてではないだろうが多少はその部分があっただろう。 禁止されているものには手を出したくなるものだ。我輩はずっとそう自分を納得させてきた。 そう納得させていたのは自分だけではなかったのだが、早くそれに気付いていればよかった。 さいわいには誉めるべきところがたくさんあったので、その時は別に困りもせずに、ただだらだらと二人でしゃべりつづけていた。 しかし、深く考えずに思いついた言葉をただ口に出していくという作業は、時に自分の心の底の本音を知ってしまうときがある。 あの晩はまさにそれだった。ずいぶんひねくれていて、本音とはいえないことだったが。 いっそ、そこで本当に伝えておきたかった事を言ってしまえばよかったのだ。 「君はゴージャスでクールでキュートだ」 そしてこう続けるべきだった。だから安心するといい。しかし我輩の口からすべりでた言葉は、 「我輩は君を束縛するような権利は持っていない」 彼女を自分に所属させるという責任を逃れるための言い訳しかでてこなかった。 それは彼女を不安にさせるだけなのに。そしてそれはそのとおりで、彼女は不安げに言った。 「でも私は、もしスネイプ先生が他の誰かと・・・・何かするような事があったらきっと怒ると思う」 ここで言葉を一度切り、「それでも?」と我輩の顔を見ずに言った。 「さしあたってそんな予定はないな・・・・我輩も安心できる」 「安心できるって?」 「君には何をされるかわからんからな」 はぐらかすべきでもごまかすべきでもなかった。 「ねえ、・・・・・どうして束縛したくないの?」 それは、彼女を納得させるためではなく、自分を納得させるための言葉だった。 「さっきも言ったとおり、我輩に未来はないが君は若い」 彼女に言うべきではない。 「未来がないって?」 心にないことは言わないほうがいい。しかし自分の脳で練り出される言葉は 「言葉のとおりだ。先がない。使い捨てだな。」 ろくでもない言葉ばかりだった。 「私が、先生を使い捨てるってこと?・・・私、質問しすぎてる?」 「我輩は教師だからな、生徒からの質問を受ける事が仕事だ。気にすることはない」 「あんまり笑えない」 「ねえ、先生は私に使い捨てられるの?」 「だろうな、すくなくとも卒業までにはそうなるだろう」 「卒業」という言葉はあまり出さないようにしていた彼女の努力も、我輩のそれに甘えたことによってたもたれていたぎりぎりの状態も、すべて壊してしまった。その一言で。 彼女は若いゆえに素直で自分の思った事をすぐに口に出してしまう。 大人であり多少の屈折を経験してきた我輩は、自分が痛くならないように本心をかくして会話をしていた。 それはとてもフェアではなかったし、いい結果も出なかった。 「卒業なんて、したくないのに」 眠りにつく間際、彼女はそうもらした。ただの冗談だと思って我輩は苦笑した。 未来のある人間に、そんな言葉を言わせるべきではない、教師として。 彼女を諭し、勇気付ける唯一のタイミングを逃してしまったのだ。 そしてなにより、彼女に卒業して欲しくなかったのは我輩のほうだった。 NEXT |