goodbye yellow brick road









オレンジとも真紅ともいえない微妙な色合いの美しい光が、歩く二人の黒い陰を作り出している。
がすこし歩きたいと言うから、ホテルに荷物だけを置き、そのままの足であてもなくふらふらと二人で歩いた。
彼女の靴はとても歩きにくそうで(たぶん健康にも悪いと思う)ゆっくりと歩いた。
すこし歩いては目に付いたカフェで休憩を取り、また歩いた。その繰り返しでもう夕方になってしまった。
目的地のない散歩というものは際限がない。気がついたときには出発地からものすごく遠くまできてしまって愕然とするのだ。
私の家に泊まればいいのに、と彼女は言ったが(我輩も彼女がそう言うだろうということは予想していたが)
もう予約をいれてしまったから、とか迷惑をかけるわけにはいけない、とかあいまいに答えた。

なるべく人通りの少ない道を無意識のうちに選ぼうとするのは、ここ何年かのうちに染み付いた習慣だろう。
もうそんなことは気にしなくてもいいのに、自分達の隠すべき関係は関係の変化とともに終わったのに。

「卒業、したくなかった」

気温の高く、のぼせるような夕陽の赤い色の中ではつぶやいた。
強い光によっていつもよりも深く見える顔の陰影、伏せた目が印象的だった。
「・・・そんなことを言われても我輩にはどうする事もできない」
わかってる、とつぶやいて立ち止まり、背伸びをして彼女は我輩のくちびるにキスをした。
「・・・・・でも、聞きたいのはそんなことじゃないの」
目を伏せたまま、そう言った。我輩も彼女の顔をまっすぐ見ることがまだできないでいる。
「では、なんと言ってほしいのだ」
肩を掴む、そんなことをしても何の解決にもならないのに。ただ、雰囲気が悪くなるだけなのに。
ただ歩いている二人の距離を縮めたくて腕を掴み引き寄せて、いそぎあせるような、焦燥感を埋めるためだけのキスだけを数回する。
埋められやしないのに。むしろ乾いていくばかりだ。
できるならばこのまま、彼女も未来も明日も無視したい。
「じゃあ、先生、私はどうすればいいとおもう?」
「・・・それは君が自分で決めることだ・・・・すきに、すればいい」
交換しあって混ざり合った感情を分離させる事などできはしない。最初から、保護された生徒と教師という関係だけをつづけていればよかったのに。
彼女はただ我輩を見ていた。もうとっくに模範的な教師ではないのに、型から押し出したようなことしか言わない我輩にあきれているのだろうか。

そういえば、二人で映画を見に行った事がある。
彼女は授業をサボり、我輩は認められた休日として学園の敷地を出た。そのころから我輩はアンフェアだったのか。
魂の半身をさがすが結局は傷ついてしまう少年の映画だった。魂の半身なんて物は存在せず、やはり空には天国も神様の“願い事を叶えるリスト”も運命盤もなく、ただ空気があるだけだ、というメッセージだと我輩は解釈した。(そう信じる事で安心したかったのだろう)
しかし彼女はその真逆をとなえた。最期のシーンは再生だと、これから彼は本物の魂の片割れを探しにいくのだと。
たしかに多数の映画評論雑誌での意見もそのような解釈のしかただった。
「先生はひねくれている」とすこし笑ってあきれたように彼女は言った「夢がない」と。
成長するとはそういうことだ、と我輩は言った。大人になるとはそういうことなのだ。
意味もなく、どちらからということもなく、その日は学園に足を踏み入れるぎりぎりまで手を繋いで帰った。
列車のシートに並んで座っているあいださえ手を離さなかった。
手をつなぐという行為は、キスとか抱きしめたりとかとよりも難しい、というような事を彼女は言っていた。
そのときの彼女の横顔も夕陽に照らされていたような気がする。
もし誰かと誰かが、どちらともなく自然に手を繋ぎあるとしたら、その二人は本物なのだと。
しかし、手をつなぐタイミングも、手をほどくタイミングも彼女が決めていただけだった。
選択を迫られていたのはいつも彼女だ。我輩はそれにしたがっていただけだった。





星の出てきた空を眺めながらは我輩に尋ねた。

「夜、なに食べたいですか」
「君の好きなものでいい」

我輩はいまだになにも決められないでいるだけだ。


なかなかすばらしい夕食の後、彼女はいつ帰るのか、明日の予定は何かあるか、などと基本的な質問をした。
思えば今日再開してから、会話を交わすよりもくちびるをくっつけあっている時間のほうが長かったのではないかと思った。
しゃべることから逃げていたのだ。
特に決めていない、何も予定はない、と我輩は答えた。
「先生、何しに来たの?」と彼女は笑った。「君に会いに来た」と言葉をかえしたらさらに笑って「そうね」と答えた。大真面目に。
テーブルの上の腕をひっぱって、またキスをする。まるでそれしかコミュニケーションの手段を知らないかのように。
レストランを出て、何も言わずに我輩の部屋へ足をむける。


我輩は部屋のソファに腰をおろす。も同じようにとなりに座った。
そして何も言わず我輩にもたれかかった。疲れたのか?、と聞くと無言で首を横に弱く振った。
肯定を含む否定ではあったが、我輩はそれを無視した。
首筋にキスをする。よくわからないがくちびるにキスはしたくない気分だった。
前中心のボタンを外していく、次に胸と腋のあいだにキスをする。彼女のミュールはソファの下へ転がり落ちた。
彼女の首がのけぞる、我輩の背中には彼女の腕が置かれている。これは完璧な肯定だと思った、彼女は軽く目を閉じて身を任せていた。

は我輩を膝立ちでまたいだ、見下ろされている。額にくちびるをつけられる。
一瞬、これは「さよなら」という意志をもったキスで、彼女はこのまま帰っていってしまうのではないかと思った。
我輩がなかば力任せに引き剥がした服も、下着も我輩もすべておいて、このまま裸で部屋を出て行くのだ。はだしのままで。
彼女が裸で夜道を歩いていくさまを想像した。星の光よりも月の光よりも強い街灯の黄色い光が彼女の白い肌をめだたせる。
たぶん行儀も育ちも悪い奴等に見つかり犯されてしまうだろう。それでも我輩の想像のなかの彼女は抵抗しない。
我輩は逃げろ、なにをしているんだと叫ぶ。それでも彼女は何も言わない。我輩は考える事をやめた。
そういえばこの部屋に入ってから彼女の声を聞いていない。今だって聞こえるのはかすかなうめき声と吐息、呼吸の音だけだ。
それが嫌で彼女を肩を押し、我輩の体のしたに押し込みおおいかぶさる。彼女は何も言わずに我輩の首に腕をまわした。
なぜそのときそう思ったのかはわからないが、そのあとも彼女は相変わらず部屋に、我輩の下にいた。
彼女の下着の上下はくいちがっていてちぐはぐだった。べつにそんなことは普段も気にとめたりはしないのだが、今夜はいつも以上にどうでもよく思えた。
スネイプは目を閉じる。目を開けていても見えるのは彼女の細い体毛ばかりだからだ。
すこし汗をかいている彼女の皮膚はかすかに塩味を感じる。
目を閉じていると、いま触れているものしか世界に存在しないかのような錯覚に陥る。それならそれでいい。

シングルのベットはきっちりとベットメイクされていて、シワひとつなかった。
彼女をコンフォーターの上に座らせるようにのせ、そのまま上半身を倒して仰向けにさせる。
それから彼女に覆い被さる。そして我々はシーツも、掛け布団もなにも乱さずにセックスをするのだ。
それから二人ともシャワーをべつべつに浴びてだまって眠る。
一度倒した彼女を抱き起こした。
そしてコンフォーターと薄い掛け布団と毛布を引き剥がし、ひやりとした硬いシーツの上に彼女をもう一度押し倒す。
彼女はただなすがままにしたがっていた。くちもとはかすかに頬笑みの形をしていた。
白いシーツの上に彼女の髪が広がる。そのうちの何本かは抜けて、このベットにのこるだろう。
そしてそれを明日の朝我輩がみつけ、つまんでゴミ箱へ捨てる。
そんなことをぼんやりと考えながら彼女の肩に流れている髪を手ではらう。
そして今度はくちとくちでキスをする、そのキスが夜のはじまりだ。










すこしのあいだ目を閉じていた。抱き合って寝ていたようで、の体をすぐに見つけることができた。
彼女は丸くなるように縮こまって寝ている。片手は我輩の横腹の上を横切って背中にしがみついていた。
目線を落すと腕の中にの顔があった。彼女のまつげは、マスカラやら何かでコーティングされていて黒く固くとがっていた。
それが無害なものだと知っていても、近くにいるだけで傷つけられそううに見えた。

「我輩の部屋に泊まっていくだろう?」
我輩の横で目を閉じていた彼女はすこしあきれたように目を開ける。
まつげがある事によって見えていなかった下まぶたの目の際には、
涙で化粧がにじんだのか、それとも目を閉じて寝ていたからだろうか、
彼女がそこにあることを意図していないだろう黒い細かい点がいくつもついていた。
なめたらどんな味がするのだろうかとすこし想像した。苦そうな印象を受ける。
「シングルの部屋に二人でいると、怒られるよ」
「部屋を変えてもらえばいい」
「どうせ一緒に寝るんなら、どうして私の家じゃいけなかったの?」
・・・・・それは君の生活に入り込むのが怖かったからだ。取り返しのつかないことになりそうで。
「べつに、ただ気が変わっただけだ」
そんなことを言えるわけがない。
「家に帰る」
そう言って彼女はベットを出て、バスルームへ向かった。
あるいていくときにのぞいたの内腿はぬれて光っていた。
きっと彼女は歯を磨いてうがいをする。手をあらって、石鹸をつけてあわ立てたスポンジで我輩のすべての痕跡を消すのだ。
でも、赤い鬱血はけすことはできない。それに彼女はいらつくだろうか。
ドアの隙間から彼女が手櫛で髪をととのえていた。彼女は身体を洗ったりはしなかった。
「家まで送る」
拾い集めた二人ぶんの衣服の半分を彼女に投げわたし、我輩も服を着る。
「タクシー使うから」べつにいいのに。とはつぶやくように言った。
外はもう夜中で暗く、明かりの点いている家は少なかった。
フロントでタクシーを呼び、ロビーのソファでしばらく待つ。は隣にすわり、
ホテルの部屋に入ったばかりのように我輩に寄りかかる。目はとじていた。
の内腿はまだぬれているのだろうか。ずっとそんなことを考えていた。
「ねえ、」
不意にが我輩の耳もとに口をよせる。
「あのフロント、絶対私のことコールガールかなんかだと思ってる」
露骨に彼女は嫌悪の表情をあらわした、その額にキスをおとす。すこしだけはほほえんだ。
しかし完璧に教育されたフロントの男はこちらを盗み見たりはしない。
「それならば、このまま泊まればいいだろう」
「ちがう、最初から家に泊まれば・・・・」よかったのに、と続けようとしたが、ホテルの従業員が我々にタクシーがついたことを報告にきた。
我輩としてはいいタイミングだったように思えるが、たぶん彼女にとっては不服だっただろう。

外は細かい雨が音もなく降っていて、霧のようだった。
タクシーのライトや街灯の光の中だけに雨粒を確認することができる。
はタクシーに乗り込み運転手に行き先を告げる。そのあとはずっと黙って座っていた。
彼女は暗い外が見えずに鏡のようになっている窓を見ていた。すこしだけ町の景色が透けて見えている。

「私の家で、お茶とか飲んでいく?」
「いいや、すぐに帰る。眠いんだ」
「明日は家にむかえに来てね」
「ああ」

我輩はタクシーから降りることなく彼女が無事に家にはいるのを見とどけると、ホテルへもどるように指示した。
フロントの男は相変わらず無表情に職務を全うしていた。
部屋に戻り、コンフォーターをめくられたベットに手のひらで触れてシーツのシワをなぞる。もう熱は消えてすっかり冷え切っていた。
ミニバーからろくにラベルを見ずに、とにかくアルコールの含まれていそうなものをつかみ出しグラスも使わずに飲み下した。
そしてそのまま何もせずに眠った。夢も見なかった。





NEXT